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名古屋地方裁判所 昭和34年(ワ)2001号 判決

原告 横字伊佐男

右訴訟代理人弁護士 金子栄次郎

被告 荻野たね

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

原告代理人は被告が別紙目録記載地所に付為したる名古屋法務局新城支局昭和参拾弐年六月拾弐日受付第壱参壱参号原因昭和弐拾参年壱月九日相続取得者岡崎市唐沢町弐拾番地荻野たねなる所有権移転登記は無効と確認し、該登記の抹消登記手続をなすべし。訴訟費用は被告の負担とす。との判決を求め、請求の原因として、

一、別紙目録記載地所は愛知県南設楽郡作手村大字善夫字下林参番地横字浜吉の所有なる処、同人は昭和弐拾参年壱月九日死亡し其遺産相続が開始した。

二、右横字浜吉の遺産相続人は長女横地きみ参女荻野たね(被告)の二人のみにして他になし原告横地伊佐男は昭和七年七月参拾日右横地きみ及同人娘フサエと婿養子縁組及婚姻届出其後フサエは同三十年七月二日死亡した。

三、然る処被告たねは被相続人横字浜吉が昭和二十三年一月九日死亡して相続の開始ありたることを同日知りたる後同年三月四日右被相続人横字浜吉の相続人として其相続権を抛棄する旨の申述を管轄新城家事審判所に為し同日同審判所に於て受理せられたるにより被告たねは右亡浜吉の遺産に付全相続権なく右浜吉の遺産に対する右被告たねの相続分は訴外共同相続人横字きみに帰属しきみは亡浜吉の遺産全部の相続人となつた当時はきみの娘フサエが生存し居りしにより亡浜吉の遺産をきみが相続して之をフサエに相続させる考なりしならん。

四、右浜吉の遺産に付相続登記前右きみの娘フサエが昭和三十年七月二十一日死亡したる処きみは他家(森家)より入婚したる原告伊佐男に横字家の多額の遺産(本件地所は遺産のホンノ一部なり)をきみ死亡後相続せしむることを欲せず屡伊佐男に対し協議離縁を迫り百万円の金を遣るから協議離縁を承諾せよと申したるも原告伊佐男は之を拒絶したり。

五、然る処其後調査したるに名古屋法務局新城支局の不動産登記簿に前記浜吉の遺産たる別紙目録記載地所に付被告たねが昭和三十二年六月十二日受付第一三一三号原因昭和二十三年一月九日相続、取得者岡崎市唐沢町二十番地荻野たねなる所有権移転登記を為し居ることを発見した。

右被告たねの登記申請書には共同相続人横字きみの証明書として被相続人横字浜吉の相続に対してきみは被相続人の生前に於て相続分に等しい動産を生計の資本として贈与を受けて居りますから其相続については何等の関係のないことを証明する旨の昭和三十二年六月十日附証明書及きみの印鑑証明書等を添付して同支局に提出され居れり。

思うに右はきみ、たね等が相談の上前記の如く亡浜吉の多大の遺産をきみが相続すると同人の死亡後当然原告伊佐男が相続することになるより斯くなることを欲せず前記の如き手段策略を弄し一旦適法に亡浜吉の相続権を放棄したる被告たねに亡浜吉の遺産を相続せしむる為に企てたる遠謀的行為に外ならずと思料さる。

六、併しながら被告たねは前記の如く一旦亡浜吉の遺産に付適法に相続権を放棄したものであるから右浜吉の遺産たる別紙目録記載地所に付右浜吉の死亡により開始したる相続により其所有権移転登記は無効である。

七、而して無効は之を主張するに付利益あるものは何人も之を主張するを得べく亡浜吉の右遺産に付被告たねの右相続による所有権移転及其移転登記が無効となれば該権利は当然共同相続人きみに帰属すべく原告はきみの遺産に付相続開始前の相続権(民法第八八八条改正前旧条文第九七四条第九九五条第九七三条猶お大審民聯合判決大正八年三月二十八日は相続人の相続開始前に於ける地位は単純なる希望にあらずして権利なり云々参照)を有するものなるにより原告は被告たねの本件地所(亡浜吉の遺産)に付相続による所有権移転及其移転登記の無効を主張するに付利益を有するものなるにより之が無効及其無効登記の抹消を求むる為、本訴に及びたりと述べた。

被告は適式の呼出を受けながら最初になすべき口頭弁論の期日に出頭しないので、その提出にかかる答弁書を陳述したものと看做すべく、該答弁書の記載によれば、被告は相続無効を確認し、目下取消手続中なり。というにありて原告主張の請求の原因たる事実を明らかに争わず自白したるものと看做すべく、右の事実によれば原告は被告の姉横字きみ及びその娘フサエと婿養子縁組及婚姻をなし、その後右フサエが死亡したため、右横字きみの養子たる地位にあり、被告及び右養母等がその父横字浜吉の死亡により、その所有せし別紙目録記載の地所の遺産相続をなし、将来右養母の死亡により右相続財産につき相続すべき期待権を有することは明らかなところではあるけれども、相続開始前における右期待権を有する地位は相続財産に対する支配的な地位でもなく、又確定的な地位でもなく、被相続人の財産処分に対しては異議の申立もなし得ず、ただ遺留分権者として相続開始後に遺留分保全のために被相続人の処分の滅殺を請求し得るに止り、条件附権利のように現在においてそれを侵害するということも起らなければまた処分の目的とすることも許されない極めて薄弱なる地位に過ぎず、該期待権の存するの故をもつて、右養母の前記遺産相続については何等関係なき旨の証明をもつて被告をして別紙目録記載の地所につき遺産相続をなさしめたこと、その他被告の右遺産相続をとがめて、その無効なることの確認乃至右遺産相続による所有権移転登記の抹消登記手続を請求する利益を有するものとは解し難く、従つて原告の本訴請求は不適法なるものとして排斥を免れないので、民事訴訟法第八十九条により主文のように判決する。

(裁判官 小沢三朗)

〈以下省略〉

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